流言千デシベル

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いたわけではないが

ただ唇に残された指先の感触を反芻しながら、眉を寄せて堪えるしかなかった。
 結局、ほとんど寝付けないまま朝を迎えることになった。

「悠人君、ちゃんと聞いてた?」
「すみません……」
 今日は実際に空を飛ぶ予定になっている。だが、睡眠がとれなかったせいで何度もぼうっとしてしまい、そのたびに真田コーチに注意された。普段は温厚だが、雋景ハンググライダーに関しては厳しい顔を見せる。油断していると事故に繋がるので当然といえば当然だ。
「枕が変わるとダメなほう?」
「そんなんじゃない」
 無邪気に尋ねてくる大地が恨めしくて、仏頂面になる。
 おまえのせいだと言ってやりたいが言えるはずもない。夜中の出来事を覚えているかどうかもわからないのに。今朝になってもまったくその話題を振ってこないし、雋景なんとなく忘れているような気はするが確信はない。藪蛇になりかねないのでこちらからは尋ねたくない。
 ひとまず大地のことは棚上げにして、二度と真田コーチに注意されないよう、何より自分が事故を起こさないよう、真面目に操作方法や注意事項のおさらいに取り組む。両頬を叩いて気合いを入れたおかげか、これ以降はどうにかウトウトすることもなく集中できた。
 一通り終わると、真田コーチは風の方向や強さを確認してから二人に言う。
「じゃあ、心の準備ができたら飛んでもらおうかな」
「僕はすぐに飛べるよ! 飛ばせて!」
 大地は待ちかねたとばかりに勢いよく挙手をした。
 真田コーチはいささか苦笑しながらも了承し、大地を発進地点へ連れて行った。そして、準備を整えた彼に注意事項を念押ししたあと、歯切れのいい掛け声で発進の合図をした。雋景大地はためらいなく飛び出すと、きれいに姿勢を保ったまま空中を進んでいき、教えられたとおり丁寧に着地する。
「初めてとは思えないくらい上出来だよ」
「まあね」
 大地は見たことのないくらい晴れやかな顔をして戻ってきた。真田コーチの賞賛に得意気に胸を張る。
「悠人も飛んでこいよ。気持ちいいぞ」
 彼ほど楽しみにして、その興奮を目にすると期待が高まってくる。こくりと頷き、真田コーチとともに飛び立つ準備を始めた。
「3、2、1、はい!」
 真田コーチの掛け声で助走を始め、決められた地点で力いっぱい地面を蹴り、空中に飛び出す。

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